【ルポ】包丁を正しく研ぐとこんなに切れる!包丁研ぎのプロにレクチャーを受けてきた
取材に訪れたのは貝印という会社
今回、取材に訪れたのは、貝印という会社になる。1908年(明治41年)岐阜県関市にて創業、2024年度で116周年を迎える歴史ある会社だ。カミソリをはじめ、包丁、ハサミ、ツメキリ、ポケットナイフなど、刃物に関連する製品を世に送り出しており、包丁づくりを中心に発展し続けている企業だ。同社の包丁づくりは、大量生産でありながら「手作り」にこだわっており、刃体とハンドル、ハンドルと尻金などの組み立てが、一つ一つ手作業によって行われているのが特徴。関孫六、旬、SELECT100それぞれのシリーズから、さまざまな種類の包丁をラインアップしている。
包丁にはさまざまな種類が存在する
包丁には、さまざまな種類のモノが存在するって知ってましたか?大きく分けると、洋包丁と和包丁になるが、それぞれに特徴がある。一般家庭においては、洋包丁をメインに使用している方がほとんどで、洋包丁は、両刃構造を採用しているのが特徴で、切る、むく きざむ、など広範囲に使われる包丁になっている。代表的なものとしては、三徳包丁や牛刀、ペティナイフなどが挙げられる。一方、和包丁は、片刃構造を採用しているのが特徴で、食材や用途に応じて専門の包丁が用意されている。代表的なものとしては、出刃包丁、刺身(柳刃)包丁などが挙げられる。ここに挙げただけでも、洋包丁、和包丁合わせて6種類も存在するが、それ以外にも用途にあったさまざまな包丁が存在し、こんなに種類があるのかと驚かされる。
包丁を研ぐとはどういうこと?
包丁は、食材を切る、さばくために使用するもの。さまざまな食材を切るため、繰り返し使用し続けていると徐々に切れ味が悪くなってくる。原因は、食材を切る際に使用するまな板等に刃の先端がぶつかることで、刃が徐々に潰れてしまうことに起因する。そこで、切れ味を復活させるために行うのが包丁研ぎという作業になる。研ぐとは、”こすってみがく”ということになり、切れ味のわるくなった包丁の刃をこすって磨くことで切れ味を復活させるというのが、包丁を研ぐという作業になる。
では、包丁を研ぐために必要な道具には、どのようなものがあるのだろうか。
包丁を研ぐために必要な道具
包丁を研ぐために必要な道具として最も重要なのが、砥石(といし)になる。砥石は、研磨するための道具のことで、いわゆる”やすり”のこと。この砥石を使って、面を整えていくというのが研ぎの作業になる。ただし、この砥石にもいろいろと種類があり、粒度の大きさによって荒砥、中砥、仕上げ砥の3種類に大別できる。荒砥は、ざらざらとする手触りのもので、研ぎの量が多いのが特徴。刃こぼれ(包丁の刃の部分が欠けること)した場合に使用する。一方、仕上げ砥は、サラッとした手触りで研ぎの量が少ないのが特徴。番手でも表されており、220番から8000番など、数字が小さいほうが荒砥で、高い方が仕上げ砥になる。包丁の状態に応じて、使用する砥石が変わってくるが、包丁の切れ味が悪いと感じる程度であれば、1000番程度の砥石(中砥)を使用して研ぐのが一般的のようだ。
実際に包丁を研いでみる
さて、ここまで一通り包丁の種類、研ぐために必要な道具、研ぎについて説明してきたところで、いよいよ研ぎの作業に移行する。その前に、今回包丁研ぎの指導をしていただいた方を紹介しておこう。
今回、指導していただいたのは、貝印株式会社のマーケティング本部マイスター推進部に在籍する林 泰彦氏になる。林氏は、貝印の独自の制度で包丁マイスターの称号を手にした方で、現在は、若きマイスターの育成を行ういわゆる研ぎのプロとも言うべき方だ。国内外で包丁研ぎのセミナーやデモンストレーションなど、精力的に活動を行っている。
研ぐ包丁は洋包丁
早速、研ぎの準備にとりかかる。今回、研ぐ包丁は一般家庭でよく使用されている洋包丁で、前述したように両刃が特徴の包丁になる。使用するのは、貝印の包丁ブランドの中でも中心的な存在となる”関孫六”の商品で「匠創 三徳 165mm」というオールステンレスのモデル。
次に用意するのは、研ぐための道具、砥石だ。これも前述のしたように、種類がいくつかある。今回使用するのは、番手でいうところの1000番(中砥)を使用する。
研ぎに入る前の準備としては、まず砥石を水に浸すことから始める。理由は、包丁を研ぐ際に滑りをよくするため。単に、水を垂らす程度濡らしても、すぐに乾いてしまうことからしっかりと浸す必要がある。そもそも砥石は、砥粒という、小さな研磨剤の集合体で、結合剤(粘土状のもの)を使って形にしている。しっかりと結合しているようでも気孔があるため、かわきやすいのが特徴。そのため、しっかりと水に浸す必要がある。実際浸すとわかるが、気孔があるため、水に浸した瞬間、気泡がぽつぽつと出る現象が見て取れる。例えるなら、スポンジを水に浸す感じに似ているかもしれない。10分から15分程度浸したら砥石の準備が完了する。
水に浸した砥石を取り出し、砥石が滑らないように台に乗せる。いよいよ、研ぎの始まりだ。
研ぎの極意は5つ
その1「角度」
研ぎの極意は5つあり、この5つを覚えてしまえば、確実に包丁の切れ味は復活する。その一つ目は、最も重要な「角度」になる。「角度」とは、砥石に包丁を当てる際の角度になるのだが、何度が最も適しているのだろうか。結論から申し上げると約15度の角度が最も適しているとのことだった。洋包丁になるので、包丁の強度と切れ味の確保ということで言うならば、片側15度、両側で30度になるように研ぐのがベストということになる。
角度を15度で研ぐことはわかったが、ではどうやってその角度を維持しながら研げばいいのだろうか。間違えではないが、写真①のように砥石に対して包丁を横にして研いでしまう方が多いという。この方法で研ぐと、実は、角度が一定しないため、ブレが生じてしまうと林氏はいう。では、このブレを少なくするためにはどうすればいいのだろうか。これは、写真②のように砥石に対して、包丁を斜めに置くことを前提として、包丁の持ち方を提案されている。その持ち方が写真③になる。包丁の峰側に人差し指、刃先側に親指を添える。この方法で研ぐとブレを少なくすることができるとして、推奨している。
そして、研ぐ角度、そう片側15度についてだが、これは、写真④のように子指を包丁と砥石の間に挟むことで測ることができる。正確に15度になっているという訳ではないが、男性は小指の爪くらい、女性なら小指の第一関節くらいまで包丁と砥石の間に小指を挟むことで、おおよそ15度という角度になるとのことだった。ただ、角度はそこまで重要ではなく、最も重要なことは、同じ角度を保ったまま研ぐということ。いかに角度をブレさせずに最初から最後まで研ぐことができるか、それが大事だと林氏はいう。そして、力加減も大事であるとも話されていた。理想は、腕の重さを載せる程度。そして研ぐ際の理想の持ち方が写真⑤になる。包丁の持ち手と反対側の手は、人差し指と中指で刃先近くを軽く抑えると安定する。
その2「回数」
2つ目は、研ぐ回数についてだ。結論から申し上げると、回数は、包丁や砥石の状態によってまちまちということ。大事なのは、何回砥石の上で包丁を行き来させたかではなく、包丁の状態を都度確認しながら研ぐということ。その確認の作業として挙げられるのが「刃がえり・まくれ・バリ」の確認作業になる。ここで気になるのは、「刃がえり・まくれ・バリ」とは何のことを指すのか、そしてその確認方法について、林氏に尋ねてみた。
「刃がえり・まくれ・バリ」についてだが、これは、砥石で刃先を研ぎ続けていると刃先が反り返る(まくれる)現象のことを言うらしいのだが、肉眼では全くわからない。そこで、確認するための方法としては、写真⑥のように、包丁の峰から刃先側に向けて、指でなでるようにしながら探ることを勧めているとのこと。
実際行う際は、研いだ際に出た汚れを一旦水で洗い流してから行うのだが、この方法で確認を行うと、研いだ方の刃先側が滑らかであることが感触でわかる。反対に、研いでいな方の刃先側は、ほんの少し引っかかるような印象を受ける。ほんとうに僅かなので、分かりにくいのだが、この感触が得られたら刃先を研いだということのサインだとのことだった。ただし、この「刃がえり・まくれ・バリ」が多く出ていれば、切れ味が良くなるというものではないとのことなので、注意が必要だ。丁度いい塩梅を感覚的に認識する方法としては、髪の毛1本分くらいの手触りを感じることができれば十分とのことだ。
その3「両刃」
今回研いでいる包丁は、一般家庭で主に使われている包丁、洋包丁になる。前述のとおり、洋包丁は両刃が特徴なので、片側を研いだら、もう片側も研ぐ必要が出てくる。片面をしっかりと研いだのであれば、反対側の刃先も同様にしっかりと研いであげる必要があるとのことだ。
理由としては、両刃の場合、片側だけを研ぎ続けていると、左右の刃の角度に差が出てしまい、左右対称の楔形だったものが最終的には片刃になってしまうのだそうだ。結果的に食材をキレイに真っ直ぐ切ることができず、斜めに切ることになってしまうのだそうだ。
では、反対側の研ぎ方はどうすればいいのだろうか。難しく考える必要はなく、これまで研いでいた状態をひっくり返すだけでいいとのこと。もう片方の手に持ち替えて研ぐという方法もあるが、利き手の方で研いだ方がバランスよく研げるため、オススメはしていないという。ひっくり返して研ぐ際は、これまで峰側に人差し指を、刃先側に親指を添えていたところ、写真⑦のように峰側に親指、刃先側に人差し指を添えればOKだ。あとは、その1とその2の工程を繰り返せばよいことになる。
ただ注意点があり、それは最後まで研ぎ進めていると、柄の部分が砥石に当たってしまう瞬間が訪れる。これは、包丁の構造上起こりうる物理的なことなので、対処法としては、斜めにして研いでいたものを、写真⑧のように真横にして研ぐことで対処することができるとしている。
その4「除去」
両刃の研ぎが終わったので、次の工程に移る。次は、研いだ際に出た「刃がえり・まくれ・バリ」の除去方法になる。用意するのは、古新聞を一部あるいは使い古したジーンズで、そこに刃先を当てて何回か擦るということを行う。「刃がえり・まくり・バリ」の出ている刃先を左右繰り返して新聞紙で擦ることで、刃先にダメージを与えることなく「刃がえり・まくり・バリ」の出た部分だけを取り除くことができるのだそうだ。
ポイントは、新聞紙に対して、包丁を研いだ時の角度(15度程度)にして擦りあてること。そして、最初は力を入れず、なでるように擦るのがポイントだそうだ。その作業が終わり「その2」で行った「刃がえり・まくれ・バリ」がまだ残っているようだったら、もう少し強く新聞紙に擦り当てを両側行う。この工程を何度か行うことで「刃がえり・まくり・バリ」を完全に除去することができるので、しっかりと除去してほしい。この工程をもって最終仕上げとなる。
その5「砥石」
包丁研ぎの極意の最終章、その5は「砥石」のメンテナンスになる。その1~4まで、包丁の研ぎ方、包丁の「刃がえり・まくれ・バリ」の出し方取り方ときて、最後に砥石?と思われる方もいらっしゃるかもしれないが、包丁を研ぐための道具として最も重要なものなので、この砥石をしっかりとメンテナンスすることが、包丁の切れ味を保つといっても過言ではないほど、重要なものになる。
研ぎ終えた砥石は、表面にだいぶ汚れが出ているはずなのだが、これは、砥石に使用されている素材が削れて出てきたものと包丁の削り取った金属が混ざったもの。つまり、砥石は削れているということになる。メンテナンスをしないままでいると、砥石は削れたままなので、最も削れやすい中央部だけが、将来的に深く削れた状態になってしまう。結果的に何が起きるかというと、極端な言い方をすれば、中央部分が窪んだ状態になるため、その状態の砥石で包丁を研いだとしても、切れ味はよくならないという状況に陥ってしまうのだそうだ。
対策としては、使用後に砥石の表面を平らにすること、なのだが一体どうやって行うのだろうか。貝印では、砥石のメンテナンス用の砥石を用意している。それが「面直し砥石」だ。砥石のメンテナンスをするための砥石で、しっかりと平らにしていくことで、包丁の切れ味を維持することにつながる。
研いだ包丁で試し切りをしてみる
記事で綴ると、長い工程のように思えるが、実際のところ、研ぎの極意となる5つのポイントを押さえながら作業を行っても、15分から20分程度の作業時間なので、そこまで手間には感じないはずだ。
さて、研ぎ終わった包丁で実際に食材をカットしてみたが、とにかく切れる、切れる。切れない包丁で食材を切った際は、直材をつぶしながら切っていたところ、研ぎ終えた包丁では、包丁自体の自重を利用して、包丁自体を手間に引ていあげる、それだけで、食材が切れてしまった。語弊がある言い方かもしれないが、何の抵抗も感じることなく、切れてしまった。初めての感覚だっただけに、少々寒気がしたが、とにかく切れ味が抜群だった。
砥石を使って包丁研ぎをする時間がない人には
今回、切れない包丁を切れ味抜群の包丁にするため、貝印にお邪魔させていただいたのだが、貝印と言えば、キッチン周りのアイテムもしっかりと揃えられている。砥石を使って包丁を研いでみたいけど時間に余裕がない人、そこまで包丁に手間をかけたくない人、などなどいろいろな理由で包丁を研いだことがない人は多いと思うが、そのような人にうってつけのモノとして、シャープナーという便利なグッズも用意されている。
切れ味が落ちたかなと思ったら、便利なエッジシャープナーを使って簡易的に切れ味を復活させてあげることもできるので、これはこれで便利に使えるアイテムだと思われる。使い方は、いたって簡単で包丁の刃先をシャープナー本体にセットし、後は包丁をまっすぐ手前方向に引くだけでよい。これで切れ味が復活するという優れものだ。ただし、あくまでも簡易的なので、切れ味を持続させるということにおいては、砥石で研いだそれにはかなわないが。
なので、砥石とセットでシャープナーも持ち合わせていれば、いろいろと忙しい時はシャープナーを使って、少し時間が取れるときは、砥石を使うなど、使い分けをしてあげれば、常に切れ味のよいままの包丁を維持することができるだろう。
まとめ
今回、料理を全くしない私が、妻の一言で貝印に取材に行くことになったのだが、研ぎ方の極意を知ることができて、納得の取材だった。いくらいい包丁を持っていたとしても、その包丁を生かすも殺すも、研ぎ次第ということで、今後は、ご指導いただいた通りに自宅で包丁を研いでみたいところだ。
そして、今回改めて研ぎの作業で感じたことは、”無”になれそうなところだった。ひたすら、研ぐ姿は、何かを達観したかのようなそんな印象すらあった。その立ち居振る舞いは、鍛冶職人のような、そんな感じに思えた、私だけかもしれないが。
とにもかくにも、包丁の切れ味が復活し、妻の不満を解消、おいしいご飯も食べられることとなり、一件落着したところで今回のルポ記事を締めたいと思います。最後までお読みいただき、ありがとうございました。